街の安心は、足元から。現場の声から生まれた「みちログ」が描く、街の未来
2026.02.24
みちログ公式HP:https://michilog.jp/
私たちが毎日当たり前のように使っている道路は、気づかないところで少しずつ老朽化が進んでいます。
見た目には大きな変化がなくても、ひび割れやわずかな沈下が積み重なり、ある日突然、事故につながることもあります。2025年1月に埼玉県で発生した大規模な道路陥没事故は、その深刻さを物語る出来事でした。
道路は身近な存在であるがゆえに変化に気づきにくいものです。だからこそ、日常の中で状態を把握し、早い段階で対応していくことが重要になります。
道路を守る自治体の現場では、老朽化が進むインフラと人手不足のはざまで、ぎりぎりの対応が続いています。現場の「安全を守る」という使命感によって支えられてきた仕事は、いま大きな転換点を迎えています。
この現実に、技術で応えようとしたのが、アイシンの道路維持管理支援サービス「みちログ」です。
みちログとは何か
みちログは、道路の異常を早期に把握し、事故を未然に防ぐことを目的とした道路維持管理支援サービスです。走行する車両から得られるデータを活用し、AIによって道路の状態を分析・可視化することで、点検や補修業務の効率化を図ります。
アイシンは、「走る・曲がる・止まる」に関わる幅広い製品を開発・生産しています。そのため、走行中の車両からは、カメラやセンサーにより取得される周囲の状況に関する情報に加え、ブレーキ・サスペンション・ステアリングなどを通じて走行状態や路面の変化に関するさまざまな情報を取得できます。こうして得られるクルマ周辺のデータと、カーナビゲーションシステムの開発で培ってきた位置情報を組み合わせ、新たな価値として形にしたのが、このサービスです。
専用の点検車両を新たに用意する必要はありません。
道路パトロール車のほか、タクシーやデマンド交通、ごみ収集車など、日常的に街を走る車両に機器を搭載することで、走るだけで自然にデータを取得し、データベース化します。
その結果、道路補修の現場の業務は大きく変わり始めました。これまで多くの時間と人手をかけて行っていた点検作業が大幅に効率化され、自治体によっては、道路管理にかかる負担が従来の約1/500にまで軽減された事例もあります。
紙台帳や属人的な管理から解放され、限られた人員でも、より合理的に道路を守れる環境が整いつつあります。
最短翌日。現場に届くデータの速さ
みちログの大きな特長の一つが、データ提供までの速さです。
走行データをもとにした解析結果は、最短で翌日には自治体へ提供することができます。
プラットフォーム開発を担当する橋口壮太は、しくみの特長についてこう説明します。
「みちログでは、データの収集から処理、可視化までを一連の流れとして設計し、走行中に取得したデータは、すべてをそのままクラウドに送るのではなく、車の中で一度整理したうえで、必要な情報だけを送信しています。その結果、解析結果を短い時間で提供することが可能となり、自治体の皆さんが状況を把握しやすく、現場での素早い判断にもつながっています。」
みちログの開発を支えているのが、アイシンがこれまでに構築してきたモビリティサービスプラットフォームです。
このプラットフォームは、車両から集まるデータを一元的に管理し、解析や可視化までをスムーズにつなぐことで、現場への迅速な提供を可能にしています。加えて、データ分析や利用者ごとの権限管理といった、自治体が安心して業務に使うために欠かせない機能があらかじめ備わっています。
そのため、自治体から「こんなことはできないか」「この業務にも使えないか」といった要望が寄せられた際にも、一からしくみをつくり直すことなく、現場のニーズに合わせた機能をすばやく提供することができます。
こうした基盤があったからこそ、みちログは企画の立ち上げから約1年という短期間でサービス提供を開始しました。実証段階にとどまらず、自治体の実務に使われるサービスとして早期に展開できたことは、現場の課題解決を急ぐ自治体にとっても大きなメリットとなっています。
現場を知らなければ、答えは出ない
みちログの構想は、机上の理論から生まれたものではありません。
開発当初からプロジェクトに携わるプロジェクトリーダーの宮島孝幸は、2019年から自治体への困りごとヒアリング活動を始め、道路パトロールに同行して、現場の仕事を一つひとつ見て回りました。
宮島はこう振り返ります。
「自治体の道路の維持管理という業務は道路の補修が主な仕事だと思っていましたが、実際には側溝の清掃や倒木対応、動物の死骸の処理など、業務は想像以上に多岐にわたっていました。市民からの要望対応だけで、現場は常に手いっぱいでした」
連絡手段は電話、記録は紙。異常があれば現場へ向かい、戻れば次の電話が鳴る。効率化とはほど遠い現実を、宮島は目の当たりにします。
「せめて道路維持管理の部分だけでも、負担を軽くできないか」。
その思いが、みちログ開発の原点でした。
想像と現実の間に立ち続ける
開発初期、チームは「見やすさ」を重視し、大型のタブレット端末での利用を想定していました。
しかし、現場での反応は想定と大きく異なっていました。
「車の流れを見て、素早く降りて写真を撮り、すぐに作業へ戻る。両手でタブレットを操作している余裕はありません」。その一言で、開発側の前提は崩れます。必要だったのは、ポケットから取り出して片手で操作できる端末でした。
道路維持管理の現場では、必ずしもデジタルツールに慣れている人ばかりが使うわけではありません。
だからこそ、直感的に使えるものでなければ、どれほど優れた技術であっても現場では活用されません。
宮島は言います。
「こちらが“便利だろう”と思って用意したものが、まったく使われないこともある。逆に、何気なく聞いた一言が、一番の課題だったりする。想像と違うことが起きるからこそ、現場の声をきちんと聞かなければならないと思いました」
どれほど技術的に優れていても、使われなければ意味がありません。
この認識が、チームに「寄り添い続ける」姿勢を根づかせていきました。
厳しい言葉から始まった学び
開発が進むにつれ、チームは現実の厳しさに直面します。
当時は、自治体ごとに求められる検知精度への理解が十分とは言えず、技術そのものもまだ成熟していませんでした。
ある自治体では、期待していた検知精度には届かず、厳しい言葉が投げかけられました。
市民への説明責任、税金を使う事業としての重み。
自治体が置かれている立場の厳しさを、開発チームは真正面から受け止めることになります。
さらに難しかったのは、自治体ごとにニーズが大きく異なることでした。
小さな異常も含めて幅広く把握したいと考える自治体もあれば、すぐに補修が必要な異常だけを把握できれば十分という自治体もあります。
その違いは、そのままAIの検知精度の設計に跳ね返ってきました。
どこまでを異常と判定するのか。見逃しを減らすのか、誤検知を抑えるのか。
技術としての正解と、自治体が求める現実的な運用との間で、調整は容易ではありませんでした。
積み重ねてきた知見で、壁を越える
厳しい指摘を受けたことで、チームはあらためて社内を振り返りました。
みちログの立ち上げ当初から、アイシンが培ってきた技術や知見をベースに開発を進めてきましたが、それらをどのように整理し、組み合わせれば、より自治体の現場に応えられるのかを、改めて丁寧に見つめ直したのです。
社内で開発・運用してきたプラットフォームの知見、カーナビの開発で培ってきた車載器の設計技術、そしてクルマの部品製造ラインで使われてきた外観検査AIのノウハウ。それぞれを道路維持管理という分野に当てはめ、検知精度と運用性の両立をめざしました。
試行錯誤を重ねること3ヶ月。サービスの完成度は着実に高まり、自治体の現場からの評価も変わっていきました。
こうした取り組みは一つの自治体にとどまらず、次第に他の自治体へと広がっていきます。
性能の向上に加え、現場の声を聞きながら改善を続ける姿勢が評価され、みちログは試験導入を含め、2026年1月時点で21自治体にまで拡大しています。
厳しい言葉から始まった挑戦は、いまでは多くの自治体に選ばれるサービスへとつながっています。
その背景には、現場の声に向き合い、蓄積してきた技術や知見を生かして改善を続けてきた積み重ねがありました。
日本で培った技術は、世界へ
そして日本で培った技術は、世界へと広がり始めています。
みちログは今、国内での実績を土台に、海外での取り組みも本格化させています。
海外での取り組みについて、宮島は次のように話します。
「日本は、世界的に見ても道路維持管理がトップレベルで行き届いている国の一つです。
厳しい基準のもとで日常的に点検や補修が行われる環境で鍛えられた技術は、世界でも十分に通用します。
道路維持管理の効率化は、国境を越えた共通課題でもあり、みちログは、2026年1月時点で、日本に加え、米国、タイ、インドでも試験的に運用されています。日本で積み重ねてきた取り組みが、海外でも必要とされていると感じられたことは、大きな手応えでした。」
国によって道路の構造や管理の仕組み、点検や補修のルールは異なりますが、「道路の状態を把握し、適切に対応したい」という思いは共通しています。海外でも「寄り添い」の姿勢を大切に、それぞれの国や地域の事情を踏まえながら活用方法を探る取り組みが進められています。
道路維持管理から街のエコシステムへ
みちログの活用は、現在、道路維持管理を中心に進んでいますが、その仕組みは道路だけにとどまるものではありません。現場で使われ、当初は想定していなかった使い方や広がりも見え始めています。
営業を担当する伊藤義也は、次のように話します。
「自治体の中では、みちログを担当していた職員が部署異動をきっかけに、別の課の課題について相談を受けるケースも生まれています。『この仕組みで、別の管理課題にも応用できないか』。そうした声が上がるようになり、みちログの活用の幅は、少しずつ広がり始めています。」
その先に見据えているのが、「街のエコシステム」という考え方です。
一つの課、一つの業務で完結するのではなく、街の中に点在するさまざまな管理対象や課題が、ゆるやかにつながっていく。みちログは、その中心で情報と現場を結び、街全体の管理を支える存在へと進化しようとしています。将来的には、道路標識やマンホールといった道路附属物に加え、公園設備や公共施設、空き家の管理や住民の見守りといった分野への広がりも見据えています。
将来的な可能性の一つとして、災害時の活用も視野に入っています。
災害発生時、現場を回って集めている情報を、みちログでより早く共有し、判断につなげられないか。
そうした観点からの検討も進められています。
「みちログは、行政だけで完結する仕組みではないと思っています。民間の力も生かしながら、街の中にすでにあるリソースや情報を活用し、さまざまな課題を解いていくためのツールです。みちログを、街のエコシステムの中心に育てていきたいという思いがあります(伊藤)」
街には、日々管理が必要なものが数多く存在します。
それらを個別に抱えるのではなく、共通のしくみで支えていくことができれば、街のあり方そのものが変わっていくかもしれません。
みちログは、そんな未来を見据えながら、進化を続けています。
みちログ公式HP:https://michilog.jp/






