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社員インタビュー先輩の声

常にチャレンジさせてくれるカルチャーがある。
だからいつまでも成長することができる。

このストーリーのポイント

  • • 地元の安定企業を志向し、入社を決める
  • • 入社以来、3回の出向を経験し、その都度新たな学びを得る
  • • マネジメント力を身につけた技術者としてチームをリードしたい

目の前の技術に取り組むだけでなく、社外で広い視点を身につけることも、大きな成長につながる。そんな実感が、次の道へと進んでいくエンジンになる。

Profile

稲葉 吉紀

稲葉 吉紀

ブレーキ制御開発部 第1ブレーキ開発室 第3G
2009年新卒入社

愛知県出身。工学部電子学科卒。入社後、トヨタ自動車株式会社 出向、Aisin Technical Center of America Inc. 出向、 株式会社アドヴィックス 出向と3度の出向経験を重ね、2022年より現職。

「企業は人柄」と考えて

愛知県生まれの愛知県育ちです。21歳になって将来のことを考えたときに思ったのが、やっぱり地元が好きなので地元で働きたいということでした。既に結婚も考えていましたし、生活設計の点でも地元の安定企業に入ることが、自分にとってベストの選択だと思ったのです。
愛知県ですから、そうなると自動車関連の企業が選択肢の多くを占めます。私自身、車の運転は好きでしたし、いい車に乗りたいという気持ちもありました。ですから自動車業界を選択したのも、自然なことでした。

では、なぜハードではなくソフトウェアを選んだかというと、大学進学時に父から「これからはソフトの時代だ」とアドバイスを受けたことが理由です。
大学で選んだのは電子学科。ここで情報工学を選択しソフトウェア開発を学びました。その専門性を活かすなら、やはりソフトウェア企業だと思いました。そこで選んだのが、アイシン・ソフトウェア株式会社です。

最終的な決め手は採用担当者の人柄でした。学生にとって採用担当者は、いわば会社の顔です。当時の採用担当者は学生に対してとても親身に接してくれ、忙しい中でも、学生に対峙する時間を大切にしてくれました。こういう人のいる会社で働いてみたいと思ったことが、私の背中を強く押してくれたんです。
この“人柄のいい社員の多い会社”という印象は、入社以来、今に至るもまったく変わっていません。

稲葉 吉紀

会社の将来を託された重み

近年では車載ECU(電子制御ユニット)の増大に伴ってソフトウェアも大規模化が進み、機能の摺り合わせの複雑化や手戻りリスクの増大という問題が大きくなっています。そうした状況に対応し、開発の上流工程でハードとソフトの動きを確認できるメリットが注目され、モデルベース開発という開発手法の採用が進んでいます。私は入社以来、このモデルベース開発を取り入れて、トランスミッションの制御開発に携わっていました。
その実績が評価され、3年目にはトヨタ自動車株式会社に出向することになりました。同社では試作的に新しい移動手段の開発に取り組むことになり、そこでモデルベース開発を取り入れてみようということで、私にそのサポート役として出向の声がかかったわけです。うまくいけば、将来的にアイシン・ソフトウェアの事業の幅が大きく広がる可能性のある出向でした。期間は3年間。そんな重大なミッションを課せられての出向は、私にとっては相当なプレッシャーでした。 入社3年目の若手に会社の将来を委ねる、そんな大きなチャレンジをさせてくれるのは、当社らしいところです。

当社からトヨタ自動車に出向したのは私1人。文字通りのアウェーで孤軍奮闘の日々でした。
製品のコンセプトづくりから参画し、仕様を固め、どのように品質を担保していくというところまでトヨタ自動車のエンジニアたちと一緒に取り組みました。先行開発ということで、大胆な提案もできたと思います。単なる新しいものづくりにとどまらず、量産化まで見据えた取り組みができたことは、先方にも高く評価されたのではないでしょうか。
結果的に3年後に当社に帰任すると同時に、トヨタ自動車とは業務委託の契約がまとまりました。この出向のミッションを、無事に果たすことができたのです。
私自身にとっても得ることの多い体験でした。一番は、仕事は自分から取りにいくものだという感覚を学んだことです。当社の中で仕事をしていたときは黙っていても目の前に仕事がきたものですが、出向時は私から提案しなければ仕事は始まらないという状況でした。提案に失敗したら仕事がもらえないという緊張感は、私を大きく育ててくれたと思います。

2度目の出向は入社10年目、米国のグループ会社、Aisin Technical Center of America Inc. に赴任したことでした。
ある日突然上司に呼ばれ「米国のエンジニアの技術力向上のために、ちょっと行ってくれないか」と言われたときは驚きが先に立ち、なかなか話が理解できなかったほどです。当時、海外メーカーからの要求にもスピーディーに提案開発ができる体制が求めらており、そのためには現地のエンジニアの技術向上が必要だったのです。この出向は、残念ながら事情があって赴任半ばで帰国せざるを得なくなりましたが、考え方や習慣の違う技術者たちと過ごしたことは、いい経験となりました。
特に強く感じたのは、突出したエンジニアが1人いるよりも、平均的な力量のエンジニアがそろったチームのほうが高い成果を上げられるということです。大切なのはやはり教育であり、そのためにも重要となるのは1人ひとりとのコミュニケーションだということを学びました。メンバー全員の技術力を磨き、モチベーションを上げていくことが、結局は強い組織をつくるのです。

稲葉 吉紀