二酸化炭素を「固定」する?CO₂を炭酸カルシウムに閉じ込めるアイシンの技術

2024.02.22

二酸化炭素を「固定」する?CO₂を炭酸カルシウムに閉じ込めるアイシンの技術

世界の平均気温が年々上昇しています。この地球温暖化にもっとも悪影響を与えているのが、人間の生活や産業活動によって増える二酸化炭素(CO2)。アイシンは自動車部品の製造工程で多くのCO2を排出していることから、いち早くCO2削減に取り組み、人々の豊かな生活と持続可能な地球環境の両立に挑戦し続けています。

今回、紹介する「CO2固定化」技術もその一つ。地球環境にとって悪者とされるCO2を炭酸カルシウムに閉じ込め、コンクリートや樹脂の材料に利用することで、橋やトンネルなどの構造物のほか、自動車部品などへ幅広く有効活用できるようになります。CO2固定化は、CO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル(CN)実現の有望な技術として、世界的にも注目され始めており、アイシンは2026年の工場実証、2030年頃の実用化をめざし、急ピッチで開発を進めています。

CO2固定化とは

CO2固定化とは、大気中に放出されるCO2を減らすために、気体であるCO2を何らかの形で固定する取り組みです。もっとも身近な例は、自然界で営まれている光合成です。植物は光合成の過程でCO2を吸収し、炭素として蓄えます。植物の内部にCO2を留める(固定化する)ことで、大気中に排出される量を減らすことができます。

悪者のCO2を有効活用する

アイシンがCO2固定化を人工的に行う取り組みに着手したのは、15年以上も前のこと。生産技術の先行開発として2008年にプロジェクトがスタートしました。当時はまだCNが叫ばれておらず、地球温暖化も、今ほど人類共通の大きな問題として認識されていませんでした。

開発当初からプロジェクトに携わる脇本佳季は当時をこう振り返ります。
「アイシンでは、鉄やアルミを溶かして成型するダイカスト工程でCO2を大量に出しているという意識から、すでにCO2削減が全社的な経営課題となっていました。開発陣は『悪者扱いしているCO2を、逆に利用する方法があるんじゃないか』と意気込んでいました」。

CO2固定化開発者 脇本の写真

CO2固定化技術開発 脇本佳季

注目したのは、CO2とカルシウムを反応させて「炭酸カルシウム」を生成し、固定化する技術です。鉄鋼所からのスラグや、セメント業界から出た廃コンクリートの粉末を水などの液体に入れると、原料からカルシウムが溶け出します。この溶液に工場から出たCO2を吹き込むことで炭酸カルシウムを生成。CO2を炭酸カルシウムとして固定化し、利活用しようという考えです。

カルシウムの抽出は、水に溶かす方法が一般的です。しかし、実用化をめざすとなると将来、トン単位での処理能力が必要になります。水ではあまりに効率が悪く、実用化まで辿り着けません。脇本らは早々に見切りをつけ、別の溶液探しに舵を切りました。そこからはビーカーとにらみ合う日々。「この技術はCO2排出の大幅削減を実現するための重要な選択肢のひとつ。何とかうまく活用したいと、50種類以上の原料をかき集めて組み合わせ、片っ端から反応を試しました」(脇本)。

「おお」と研究室に歓声が響き渡ったのは2011年のこと。ついに見つけた特殊なアミノ酸水溶液はCO2を注入しても泡がほとんど出ず、それはCO2が極めて効率良く吸収されていることを示していました。

10倍以上の効率を実現、経済性でも優位

この特殊なアミノ酸水溶液は材料を水に溶かす場合と比べ、10倍以上効率良くCO2を固定化することができます。複雑な温度調節や化学処理が不要で扱いやすいのも特長。また、アミノ酸はもともと生物の体をつくるタンパク質を構成する物質であり、食品としても広く一般に流通していることから、安全性が高いことも決め手となりました。
使用したアミノ酸水溶液は濾過して何度も使えるため、経済性の面でも優位です。アイシンは、アミノ酸水溶液でカルシウムを抽出し、CO2と結びつける技術で特許を取得しています。

CO2固定化技術 図解

しかし、プロジェクトは2019年に凍結されてしまいます。「できた炭酸カルシウムの用途が見つからず、出口戦略が難しかった」(脇本)のが理由でした。加えて、「環境に貢献するには、閉じ込めるCO2が炭酸カルシウムの生成工程で出るCO2の量を上回らなければ意味がありません。このCO2収支の改善が高い壁となりました」(同)。

15年越しの技術に光。新メンバー加わり開発が加速

閉ざされた開発の扉。しかし2021年に、プロジェクトは再び動き出します。環境配慮型のカーボンリサイクルコンクリート「T-eConcrete®」の展開に力を入れる大成建設がアイシンのCO2固定化技術に目を止めたことから、共同開発がスタート。CN実現への世界的な機運の高まりも追い風となりました。

「出口が見える技術開発は楽しい。開発現場の士気も、がぜん高まりました」と、プロジェクトを率いる赤松聖文は意気盛ん。社内公募で積極的に手をあげた若手が加わったほか、いろいろな部署やグループ会社からも人材が集結しました。「設備や分析のエキスパートもいる。課題が見つかれば詳しい人がすぐにカイゼンし、次に活かせる環境ができている」(赤松)という人材の相乗効果もあり、開発は加速度的に進んでいきました。

CO2固定化開発者 赤松の写真

CO2固定化技術開発 赤松聖文

実用化を見据えて、西尾ダイカスト工場に実証プラント

プロジェクトは現在、処理能力年間2t(CO2換算)のベンチプラントで実験を続けています。ここで技術的メドをつけ、2025年度中にもダイカスト工場内に100倍規模の実証プラントを建設する計画。アルミ溶解炉から出る排ガスに含まれるCO2を活用し、実用化を見据えた工場実証のステージに入ります。

CO2固定化ベンチプラントの写真

大規模化に向け、装置の工夫や工程の改善に留まらず、さらに踏み込んだ研究開発を進めていく考えです。

CO2固定化技術で未来地球に美しさを

生成した炭酸カルシウムの用途は、大成建設と共同開発するコンクリートがファーストステップとなるが、将来は自動車部品への応用も視野に入れています。赤松は「技術的ハードルは高いが、塗料や樹脂材料のボリュームを増すための材料などにも使える可能性があります。CO2固定化は幅広い分野に展開でき、環境に貢献できる魅力ある技術。できる事からどんどん世の中に出して認知度を高めていきたい」と意気込んでいます。

一方、かつてプロジェクトの凍結を経験した脇本は「プロジェクトが止まった時の悔しさは忘れられません。今度こそ実用化にこぎ着け、世の中に貢献したい。CO2固定化を、未来地球に美しさを運ぶ、アイシンの代表的な環境技術に育てていきます」と決意も新たにします。

カーボンニュートラルへの取り組みが、企業の競争力を左右する時代に突入しています。アイシンは製品と生産の両軸でCNに取り組んでおり、生産CNは2030年の達成を掲げています。CO2固定化技術は、それを実現するための重要な鍵となるだけでなく、新たな事業領域を切り開く可能性を秘めた技術として、今後も研究開発を加速させていきます。

この記事をシェアする

  • X
  • Facebook
  • linkedin