30年以上磨いた技術を、社会の価値へ。 超電導と冷凍技術で挑む、世界初小型NMRの事業化
2026.09.18
薬剤や化学材料、食品などの成分や分子構造を調べるNMR(核磁気共鳴)分析装置。医療で使われるMRIと同じ核磁気共鳴の原理を利用し、研究開発や品質評価を支えています。一方、高性能なNMRは大型で、設置や維持にも大きな負担がかかります。
アイシンは、長年培ってきた超電導技術と極低温冷凍技術を生かし、理化学研究所との研究を重ねたほか、システムの分光器においては、日本電子と共同開発を進め、世界初※1の小型で高性能なNMRシステムを実用化しました。
※1 超電導バルク磁石を用いた200MHz級NMRシステムの製品化として。
「2028年中期経営計画」において、「稼ぐ力」の強化と、将来への「仕込み」の両立を掲げているアイシン。今回の取り組みは、長年の研究による「仕込み」を社会で使われる価値へ変え、新たな事業につなげる挑戦でもあります。その歩みと、研究現場にもたらす新たな可能性を追います。
大型機と卓上機の間にあった「空白」
物質の中身を分子レベルで調べられるNMR。医薬品が正しく合成できているか、新しい材料にどのような成分が含まれているかを確かめるために使われています。一般にはあまり知られていませんが、医薬、化学、食品、材料開発など、さまざまな分野の研究を支えています。
一方で、詳しく分析しようとするほど、強い磁場が必要になります。従来の高性能NMRは、超電導コイルを液体ヘリウムで極低温に冷やし、強い磁場をつくります。コイルを冷却・断熱するための設備も必要なため、装置は大きく、重くなります。重量や装置の外へ漏れ出る磁場への対策から専用室が必要となり、導入後も冷媒の補充や維持管理に負担がかかることが課題でした。
一方、永久磁石を使った卓上型NMRは、コンパクトで扱いやすいものの、磁場の強さに限界があり、分析できる対象や用途が限られます。つまり、これまでのNMRには、「高性能であるものの、大型で扱いが難しい装置」と、「手軽であるものの、性能が限られる装置」という二つの選択肢がある一方で、その間を埋める存在が十分ではありませんでした。
「ただ、高性能な大型機ほどの設備は必要ないけれど、卓上型では物足りないという領域がありました。そうしたニーズに応えるだけでなく、長年磨いてきた超電導技術と極低温冷凍技術を、社会で使われる新たな価値へ変えていく。それも今回の開発でめざしたことの一つです」
こう話すのは設計開発グループを率いる石田俊彦です。

開発グループ長としてチームをリードした石田
アイシンは理化学研究所との長年にわたる研究を通じて技術を磨き、日本電子※2との共同開発によって、この「空白」を埋める200MHz級の小型・高性能NMRシステムを実用化しました。デスクサイドに置けるぐらいのサイズを実現したことで、これまでNMRを設置しにくかった研究室や製造現場にも導入しやすくなり、研究開発や品質評価の選択肢が広がったのです。
※2 日本電子株式会社:理科学計測機器や産業機器の国内大手メーカーとして、電子顕微鏡やNMRなどの分析機器を手掛ける。グローバルに事業を展開し、世界中の研究開発を支える。
では、超電導技術と極低温冷凍技術は、どのようにNMRへとつながったのでしょうか。

従来機(左)と今回の開発品(右)。高さは約2.5mから約1mに、重さは従来の10分の1以下になりました
研究現場の課題と、超電導バルクが出会う
小型NMRは当初から想定していた計画ではなかったのです。アイシンが長年取り組んできたのは、「超電導」という新しい技術の可能性を探ることでした。
時は1980年代後半。電気抵抗がなくなる「超電導」という現象を、従来より高い温度で実現できる新しい材料が相次いで発見されました。「高温超電導体」と呼ばれる材料です。高温といっても、超電導状態になるのはマイナス183度以下。しかし、従来はマイナス263度ほどまで冷やす必要があったため、冷却の負担が小さくなり、さまざまな製品へ応用できる可能性が広がりました。
この技術に着目したアイシンは、その特性を見極め、社会に貢献できる製品として実用化の道を探る研究に乗り出します。1991年にはイムラ材料開発研究所(後のイムラ・ジャパン)を設立。研究者として同社に出向したのが伊藤佳孝です。
伊藤は塊状の超電導材料である「超電導バルク」がどのような特性を持ち、何に生かせるのかを探り続けました。強い磁場を小さなサイズで生み出し保持できるという特徴は確認できたものの、その特長を最大限に生かせる用途は簡単には見つかりませんでした。
モーターや磁気分離装置など、さまざまな応用を検討する中で転機となったのが、1998年の理化学研究所との出会いでした。研究所との対話から見えてきたのは、「高性能なNMRをもっと小さくできないか」という研究現場の課題です。
強い磁場を必要とするNMRと、小さな磁石で強い磁場をつくれる超電導バルク。長年研究してきた技術の特徴と、研究現場の課題がここで結び付きました。
「従来の装置と同等の強さの磁場を、超電導バルクならより小さな磁石でつくれるかもしれない。長年追い続けてきた技術の特徴と、研究現場が抱える課題が初めて結び付いたと感じたんです。超電導バルクをNMR用磁石として生かす道筋が見え始め、『これはいけるのではないか』という思いから理化学研究所とのNMR用磁石の共同研究へと進んでいきました」(伊藤)

30年以上にわたり、超電導技術と向き合い続ける伊藤
アイシンには、超電導材料を低温に保つための冷凍技術もありました。そのルーツは、1970年代を起点として取り組んだリニアモーターカー向けの冷凍機開発です。その後も、用途に応じて複数の方式を研究し、極低温まで冷やす技術を磨き続けてきました。
冷凍機を開発してきたのが大久保勇治です。
「超電導技術と同じく、技術を育てながら、世の中で活躍できる出口を探してきたんです」(大久保)

冷凍機のエキスパートとして改良に携わった大久保
小さくても強い磁場をつくる超電導バルクと、それを冷やし続ける極低温冷凍技術。別々の場所で育てられてきた二つの技術が、NMRという新たな用途で出会いました。
研究を重ね、2007年には超電導バルク磁石で初めてNMR信号を確認。しかし、実用化には磁場の均一性という大きな壁が残っていました。
結果が出ない日々。もがき続けた先に見えた光
NMR装置の磁石に求められるのは、磁場を強くすることに加え、磁場を100万分の1レベルまで均一にすることでした。少しでもムラがあると、測定結果に現れる信号の山がぼやけ、隣り合う成分を正しく見分けられないからです。
超電導バルクは強い磁場をつくることが得意である一方、均一性には課題がありました。超電導バルクはセラミックスでできており、内部には微細な隙間や組織のばらつきがあります。そうなると、電流の流れ方に偏りが生じ、発生する磁場にもムラが出てしまいます。NMRに必要な磁場の均一性を得ることは容易ではありませんでした。
ここから、伊藤たちの長い試行錯誤が始まりました。超電導バルクの構造や形状を何度も変えて、試作した磁石を理化学研究所へ持ち込み測定を繰り返しましたが、NMRとして実用化できるような結果が出ない日々が続きました。
「正直、とてもつらかったです。ただ、小型化は超電導バルクでなければ実現できないと思っていました。何としても成功させたいという思いが、研究を続ける原動力でした」(伊藤)
転機となったのは、「超電導バルクだけですべてを解決する」という考えから離れたことでした。強い磁場は超電導バルクに任せ、磁場の均一性は別の超電導材料に担わせることができないか。そこで、伊藤が考え出したのが、均質な超電導テープを円筒状にした部材です。

試行錯誤の上、完成したNMR
これを超電導バルクの内側に組み込むことで、磁場の乱れを自動的に補うハイブリッド構造を考案。こうして2014年、ハイブリッド構造によって磁場均一性を大きく改善し、測定信号は鋭く立ち上がりました。その後も改良を重ね、NMRに必要な均一性を実現しました。

そして、超電導バルクを実際に使うために欠かせないもう一点の技術が、冷凍技術です。超電導状態を保つには、磁石を約40K(マイナス233度)まで冷やし続ける必要があります。さらに、冷凍機の振動が測定を乱さないようにしなければなりません。
ここで使われたのが、アイシンが長年開発を続けてきたパルス管冷凍機です。従来の水冷仕様を、研究室で使いやすい空冷仕様へ改良。試料や検出部品を通す構造を確保しながら、離れた位置にある磁石を下部から冷やす構造も実現しました。

冷凍の構造を確立したことが開発につながった
入社後、長きにわたって極低温冷凍機に携わってきた大久保も感慨深げに振り返ります。
「今回の冷凍機には、過去の開発で蓄積された試験結果や、すでに退職した先輩たちの知見が生きています。それぞれの得意分野を組み合わせることで、小型NMRは実用化へ大きく近づいていきました。すぐに成果が見えない先行開発でも、長い目で挑戦を続けられる環境があったことが、研究開発のバトンをつないでこられた大きな理由だと思います」
小型NMRが世に出るまでの30年あまり。その歩みを振り返ります。

仲間とともに技術を事業へ昇華。製品化は始まりの1ページ
2021年、研究成果を事業化の種としてアイシンへ引き継ぎ、製品化に向けた取り組みが本格化しました。実際にお客さまが使える製品へと変えるには、優れた技術だけでは足りません。安定した性能はもちろん、輸送や設置、品質保証、保守まで含めて、初めて製品として継続的に届けることができます。
開発グループは共同開発先の日本電子と連携し、小型磁石に合わせた検出部などを組み合わせ、分析装置として使えるように仕上げていきました。加えて、試作やデザインなど多くの関係者に協力をあおぎ、事業化への準備を進めていきました。
石田が強く意識していたのは、研究成果を「お客さまに使われる価値」へ変えることでした。
「技術そのものが優れていても、それだけで事業になるわけではありません。本当にお客さまに価値を感じてもらえるのか。品質やサービスも含めて、継続して届けられるのか。それを自分たちで証明する必要がありました」(石田)
最初のお客さまとの契約や技術対応だけでなく、梱包、輸送、現地での設置まで、チームで一つずつ準備しました。据え付けも何度もリハーサルを重ね、現地で無事に動作することを確認。検収のサインを受け取った瞬間、長年の研究は初めて、お客さまに使われる価値へと変わりました。
「ここまでたどり着けたのは、研究者の力はもちろん、たくさんのアイシンの仲間の支えがあってこそです。まだこの取り組みがほとんど知られていなかった頃から、多くの仲間が共感し、それぞれの立場で力を貸してくれました。製品化はゴールではなく、長年培ってきた技術を事業として社会へ届ける最初の一歩です」(石田)
30年以上にわたって磨かれてきた二つの技術。それが小型NMRとして形になりました。そして今、その技術を次の社会課題や新たな事業へどうつなげていくかを考えています。挑戦はすでに、先へと向かっています。

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