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2021年04月01日

1モーターハイブリッドユニット開発プロジェクト

環境規制に苦慮する欧州メーカーを救うため、1モーターハイブリッドに賭けた技術者たちの10年間。

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INTRODUCTION

技術革新により社会課題の解決を目指す「CASE」の4カテゴリの中で、電動化は要ともいえる技術です。この電動化技術の開発に10年以上前から取り組んできた技術者たちに話を聞きました。

Index

  1. 01
    2019年に花開く電動化技術。開発は2009年に始まった
  2. 02
    あの部品もこの部品も「どうすればいいんだ!」の連続
  3. 03
    10年間の苦労を吹き飛ばす、試乗会での「いいじゃん!」

2019年に花開く電動化技術。開発は2009年に始まった

— みなさんが開発にかかわった「1モーターハイブリッドトランスミッション」とは?

S.J:ガソリンエンジンとモーターを走行状況に応じて使い分ける自動車の動力源を「ハイブリッドユニット」と呼びますが、いくつか種類があるんですね。そのうちのひとつが1モーターハイブリッドトランスミッションです。

 

— その名の通りモーターがひとつという意味でしょうか?

S.J:その通りです。みなさんよくご存知のトヨタ自動車のプリウスは2モーターなんですよ。ただ、どの形式も動力源を一部電動化することにより燃費が向上することに変わりはありません。

 

— 1モーター式の特徴は?

O.T:ユニットそのものがコンパクトであることと、従来のガソリンエンジン車と変わらない高速域でのスポーティな走りを楽しめることが特徴ですね。街乗りよりも長距離ドライブの需要が多い欧州向けのハイブリッドユニットと言えます。

T.Y:AT(※)をベースにしたハイブリッドユニットですから、既存車両のATユニットを載せ替えるだけでHV化できます。そのため顧客である車両メーカーは新車の開発コストを抑えることができ、当社はATの生産ライン共用により開発および製造コストを抑えられるという、コスト面でも大きなメリットがあります。

S.J:「ATベース」という話があったので少し構造的な部分を捕捉すると、ガソリン車のATにはトルクコンバータと呼ばれる発進装置がありますが、この1モーターハイブリッドトランスミッションはそれを廃止し、そのスペースにモーターと発進クラッチをコンパクトに配置することでHV化を実現するというものです。

 

※AT:オートマチックトランスミッションの略で自動変速機のこと。常に適切なギアを介するよう電子制御することで、低速域から高速域までパワフルかつ滑らかな走行を実現する。

— なるほど。開発はどのように始まったのでしょうか?

O.T1モーターハイブリッドトランスミッションの開発がスタートしたのは2009年です。背景にはやはり欧州などで厳しくなっていた排ガス規制がありました。当社は世界トップのATメーカーとして、そこに順応できる電動化技術をいち早くものにしなくてはいけないという使命感や危機感があったと思います。

S.J:ATで蓄積した技術力や生産設備を活かし、機能・コストの両面で強みを持つ電動化製品をつくるために「ユニット丸ごと全部自社開発」という、かなり攻めた先行開発プロジェクトでした。

 

— そんなに昔から始まっていたんですか。

O.T:はい。当初は研究に近いプロジェクトでした。先行開発って先進的で華やかなイメージがありますが、どこを目指すのかというゴールも自分たちで設定しなくてはいけませんし、潤沢に予算があるわけではないので少人数でつくり込まなければなりません。実はかなり泥臭い世界なんですよ。

 

— そうなんですか。意外です。

T.Y:社内を歩いていると「聞いたよ。あれやってるらしいね。大変だね」と肩をポンと叩かれますから(笑)。

 

— この初期段階で苦労したのはどの部分ですか?

S.J1モーターハイブリッドトランスミッションはかなり複雑な構造で、社内の誰もつくり方を知らないまったく新しい製品でした。どこまでの性能を出せば市場に適合できるのかもわからない状況で、出口の見えない暗いトンネルを手探りで進むような苦しさがありましたね。

O.T:デモカーに試作ユニットを載せてテスト走行させたりしたんですけど、想定外のトラブルの連続で、苦労してつくった試作品を壊して上司に怒られるなんてことは日常茶飯事でした。

T.Y:過去に実績がない製品ですから、何度も仮説を立てて検証しながらデータを積み上げていく必要があります。しかし、当時は量産間近のプロジェクトで試験設備が埋まっていて、思うように開発を進められないもどかしさもありました。

 

— 先ほど取材開始前に、みなさんの開発したユニットが量産化にこぎつけたと聞きましたが。

S.J:おかげさまで、2015年に現在のステランティス社(※)への供給が決まり、2019年から市販されています。

O.T:今回の受注に至るまでの間にも、何度もデモカーを製作し、いろいろなメーカーに売り込みましたが、なかなかうまくいかず苦労しました。

T.Y:苦労した分、受注が決まったときはとても嬉しかったですね。ここまでが本当に長かった。


※ステランティス社:当時はPSA社。プジョー、シトロエンなどで知られる、フランスのカーメーカー。

あの部品もこの部品も「どうすればいいんだ!」の連続

— 量産化となると、また別の苦労があるかと思いますが。

S.J:そうですね、最大の問題はサイズでした。我々が想定していたものからさらに10ミリ縮めて欲しいとの要望を受け、各部品がコンマ数ミリ単位で詰めていき、ようやく載るサイズになりました。

 

— S.Jさんはモーター開発をご担当でしたね?

S.J:ええ。1モーターハイブリッドトランスミッション用にゼロから設計した新しい構造のモーターで、サイズ以外にも数々の難問にぶつかりました。

 

— どのような問題が?

S.J:いちばん厳しかったのは中国市場に対応するためのランダム振動試験ですね。一般的な振動試験とは異なり、瞬間的にものすごいGをかけるという特殊な試験で、新規構造ということもあってどこに手を加えればクリアできるのかがわからず完全な手探り状態でした。

 

— どのように乗り越えたのでしょうか。

S.J:ようやく試験をクリアしても、その後の量産の検討段階でつくり方が変わると、ほんのちょっとした品質のばらつきでまた耐久性が下がってしまうのです。これはもう机上ではなんともならなくて、何度も工場に通いながら実際にものをつくってみて、不具合の原因を探りつつ対応策を練り、納期ギリギリのタイミングでなんとか解にたどり着いた感じですね。

— 新製品の開発って想像以上に大変なんですね。O.Tさんはいかがでしたか?

O.T:私は潤滑系システムの設計を担当していたのですが、例えば試験中にモーターに不具合が見つかり、その対策を入れることで発熱性能が悪化したりすると、そこに冷却や潤滑のための油をより多く供給しなきゃいけなくなるんですよ。

 

— ユニット(※1)内にオイルを循環させて発熱や摩耗から守っているわけですね。

O.T:その通りです。同じようなことがモーター以外の他のコンポーネント(※2)でも起きて、いろいろなところから「もっとオイルが欲しい」と要求されるので、単純にそれを足していくと、オイルポンプの性能がまったく追いつかなくなる上に、燃費も悪化してしまうと。

 

— それは困りましたね。どのようにクリアしたのですか?

O.T:各コンポーネント開発チームの代表に招集をかけて、それぞれの使われ方と、必要な流量をヒアリングしました。どのタイミングでどこに流量を配分すればいいのかを検討し、それを成立させるためにオイルポンプの設計と制御設計を何度も見直しました。

S.J:モーターだと磁石が発熱するので高速走行時に多量のオイルが必要だとか、いやクラッチはそうじゃなくてエンジンのトルクを伝達する時にすごい摩擦が発生するからそこで多く欲しいと。少しずつ必要なタイミングが違うんですね。そういった中での調整はとても大変だったと思います。

 

— なるほど、部品単体の設計からシステム全体の設計へと移っていくわけですね。

T.Y:はい。開発が本格化し、様々なシチュエーションで各コンポーネントを並存させるにはシステム目線での設計が不可欠でした。

 

— クラッチの設計も、システム全体を考慮する必要があったと。

T.Y:そうですね。クラッチは発進時や変速時に使われる機構なのですが、上手く制御できないとエンジンやモーターの駆動力がタイヤに繋がる時に「ガクン」とショックが発生してしまうんです。

 

— なるほど。

T.Y1モーターハイブリッドトランスミッションシステムはかなり複雑なので、クラッチ単体のハードウェア設計を変えるだけではショック問題は解決できません。緻密なクラッチ制御に加え、エンジン、モーター、さらにはバッテリーの状態も含めトータルな制御を設計していく必要があります。

 

— その場合は、先ほどのように大部屋に集まるわけですか。

T.Y:ええ。動かし方が悪かったのか、構成部品の素性が悪かったのか、それぞれの担当者が集まって試験で出た波形を見ながら「どういうふうにやっていこうか」と議論を重ね、その時に考えられるベストな解決策に向けて突っ走っていく。これを何度も何度もひたすら繰り返しました。


※1 ユニット:複数のコンポーネントの集合体で、今回はトランスミッションのことを指す。

※2 コンポーネント:モーター、インバーター、クラッチなどの構成要素を指す。

10年間の苦労を吹き飛ばす、試乗会での「いいじゃん!」

— みなさんご苦労の連続だったようですが、気持ち的にはどうだったんですか。

O.T:「いいものをつくるぞ」という気合いで乗り切った感じですね。しんどかったですけど、燃費を気にせずスポーツ走行を楽しめるハイブリッドユニットにしようと、そういうこだわりは忘れずに取り組みました。

 

— 受注すると、やはり雰囲気は変わるものですか。

T.Y:そりゃもう!要求性能に対する本格的な開発に移行したことで一気に忙しくなりましたね。一躍社内の注目プロジェクトになったことで試験設備も優先的に使えるようになり(笑)、ガンガン開発を進められるようになりました。

O.T:社内の各部門に認めてもらうことも、先行開発においては重要なステップなんですよね。

 

— 10年越しで完成した1モーターハイブリッドユニットの評判はどうですか?

S.J:上々ですね。顧客から高い評価を受けたと聞いていますし、先日欧州からクルマが届いたので社内でも試乗会を実施したんですけど、役員含めて好感触でした。私自身も早く乗りたかったので、うれしかったですね。

T.Y:開発中、社内では「じゃじゃ馬だなこのクラッチは!」など散々な言われようでしたが、試乗会で実車に乗ったら「いいじゃん!」ってみんな喜んでくれて。苦労が報われた瞬間でした。

O.T:人の心をひきつける加速フィーリングを実現できたので、そこは本当によかったと思っています。

 

— プレス発表後、何かうれしいことはありましたか?

S.J:うちの1モーターハイブリッドトランスミッションが取り上げられていた雑誌は買って読みましたよ。

T.Y:昨年末、家族でモーターショーに出かけたのですが、そこに実車が展示されていました。「これと同じクルマのHV版に僕のつくったユニットが載るんだよ」と妻に話したら「えー!すごーい!」って驚いていて。ちょっと誇らしかったですね。

 

— 苦労はたくさんお聞きしましたが(笑)、先行開発という仕事の面白さとは?

S.J:製品として世に出るまでの道のりは長いですが、自分がつくったものが搭載されたクルマに乗ったときには、なんともいえない達成感がありますね。やった甲斐があったと。

T.Y:先行開発は「初めて」が多いですから、やっぱり苦労はします。ただ、その苦労を経ることで第一人者になれることがうれしいですね。今回であれば「発進クラッチのことならT.Yに聞け」となるわけで、人から頼られることで自信にもつながります。プロジェクトの最中は必死でそれどころじゃなかったですが(笑)。

O.T:自分の想いやアイデアを入れられる点です。量産品の開発はコストをはじめとした制約がどうしても多くなるんですけど、先行開発は強い意志と根拠があれば、だいたいやらせてもらえるので。そこは面白いところだと思います。

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Profile

  • S.Jさんのプロフィール写真
    S.J
    PTモータ技術部/2006年度入社
    大学ではモーターを研究。その知見を生かし、来るべきHV・EV時代に活躍できるのではと考え入社を決めた。その後本格的な低炭素時代を迎え、思惑通り電動化の中心的な役割を担っている。
  • O.T  さんのプロフィール写真
    O.T
    PT制御技術部/2009年度入社
    就活時は地元愛知県のメーカー志望で、「ITSも駆動系も扱うため、統合的なクルマづくりができるのではないか」とアイシン・エィ・ダブリュ(当時)に魅力を感じたという。入社後から現在に至るまで制御開発に従事。
  • T.Yさんのプロフィール写真
    T.Y
    FF T/M・HV技術部/2011年度入社
    自動車というプロダクトのダイナミックさに惹かれ、「自分の製品が搭載されたクルマを運転したい」と思い志望。入社後に会社初となるハイブリッドユニット向け発進クラッチの開発を手がけ、その分野での第一人者となった。