自動車部品の検査工程の自動化、ですか?

T.K : そうです。自動車は乗員の生命を預かる社会的責任の大きいプロダクトですから、一台でも不良品を出すわけにはいきません。だから数万点におよぶ部品の製造段階から、一点一点徹底的に品質検査を行っています。その工程を自動化させるプロジェクトですね。

でも、ロボットなどによる工場の自動化はだいぶ進んでいますよね?

T.K : ええ。ただ、まだ人間の力に頼っている部分も結構あるんです。そのひとつが、この製品の外観検査の工程です。

外観検査の自動化が難しい理由とは?

T.K : ふたつあります。ひとつめは有資格者である検査員の熟練に頼らざるを得ない部分があること。例えば、鉄の表面って良品であっても見た目のばらつきが大きいんです。その中からさらに不良品を見つけるとなると、本当に微かな差異を見つけないといけない。これが非常に難しいんです。

もうひとつは?

T.K : 説明性の担保です。現在、他のチームがカナダの世界的に有名なスタートアップ企業とともに説明可能AIの開発を進めています。そのAIをまず初めに搭載しようとしているのが、実はこの外観検査なんです。例え、画像認識のアルゴリズムが完成したとしても、どのように良品を見極めているのかを説明できなければ、納品先に対して品質の保証ができませんからね。

よくいわれているAIのブラックボックス問題ですね。

T.K : はい。これについては専門のチームに任せて、私のチームは主に前者の課題についてAIで解決しようとしています。

何故、そんなに難しい工程を自動化させようと?

T.K : 先ほどもお話ししましたが、自動車は品質にムラがあってはいけない製品なんですね。とにかく均質でなければならない。ですが、やはり検査員も人間なので、体調が悪い時などにミスを起こす可能性がゼロではないわけです。一点ずつ目視で検査を行っていますので。

1日にどれくらいの数の製品検査を?

T.K : 高い集中力が求められる仕事ですから、8時間フルに働くのは不可能です。そのため1日に3時間の検査が限度なのですが、それでも1分間におよそ30〜40点は見ているので、単純計算で一人の検査員が1日に5000点以上の製品を目視検査しています。

5000・・・すごい数ですね。

T.K : ヒューマンエラーをなくすことで品質を高いレベルで均質化し、ストレスの多い労働状況を改善する。生産拠点を世界展開している当社グループにとって、このプロジェクトは積年の課題のひとつだったわけです。

なるほど、よくわかりました。

T.K : 検査員のみなさんがもつ豊富な知見を、もっと創造性が求められる付加価値の高い仕事で活かしてもらえれば、会社としての競争力がさらに高まりますからね。いいことずくめです。

生産性も高まりますか?

T.K : はい。アルゴリズムによりますが、部品一点あたりの検査にかかる時間はおよそ20分の1になります。検査対象の製品を置き換える時間があるので単純計算はできませんが、相当な検査時間の短縮とコスト低減につながるはずです。

ただ、高い技術的な壁があったと。

T.K : そうです。でも、ディープラーニングの活用により一気に実用化に近づきました。従来型の画像処理ですと、良品の特徴・不良品の特徴を「ここに色の濃淡があると不良品」と人間がひとつひとつ条件出しをしなくてはいけなかったのですが、ディープラーニングに大量の画像を学習させることで、どこがポイントになるのかを自分で判別できるようになりました。

とはいえ、熟練技の習得は大変だったんじゃないですか?

T.K : そうですね。はじめに何をもって良品不良品を見分けているのか、大量の写真を見ながら検査員のみなさんに教えてもらいました。そのうちに「ああ、不良ってこういう部分で見分けるんだな」って、まず私たち人間が気づきました。今なら「明日から検査ね」と、急にラインに立つことになってもやれると思いますよ(笑)。

AIより前に人間がディープラーニングしたと(笑)。

T.K : そうなんです(笑)。

開発で困難を感じた点は?

T.K : 2018年9月頃からこのプロジェクトを進めてきましたが、時間をかけてアルゴリズム開発に取り組んでいる横で、どんどん新しい技術が出てくるんですよ。それにどこまで対応させるのかが難しかったですね、新しいモデルを使えば性能は出るかもしれませんが、積み重ねてきたことを全部リセットすることにもなります。そこの判断が難しかったです。

現在どのようなフレームワークを?

T.K : メインはTensorflowです。言語はPythonを使っています。

そういえば、もともと半導体の回路設計をされていたんですよね?

T.K : ええ。将来、車載ECUにAIが搭載されるという予測のもと、台場開発センターのスタート時から「ハードのこともわかる電子系エンジニア」として参加しました。

では、AIの知見はもともとなかったということですか。

T.K : そうです。社内にも知見がなかったので、ほぼ独学で始めました。画像処置やAIに関連する学会や技術系セミナーに積極的に出かけていって、研修者や技術者に声をかけて知り合って、仲良くなって、輪が広がって・・・といった具合にネットワークと知見を広げていきました。

外観検査AIの今後について教えてください。

T.K : 現在は2020年度中の現場実装を目指して、最後の性能出しを詰めている最中です。今のところ特定の製品のみの対応ですので、今後は汎化性を高めるなどして他製品への横展開を実現させていきたいと考えています。海外を含め、検査員がほとんどいない工場をつくることがこのプロジェクトの最終目標ですね。

仕事を通じてやりがいを感じるシーンとは。

T.K : 開発を進める中で多くの検査員と話をしましたが、目視検査がこんなに大変な仕事だとは思いもしませんでした。みなさんの負担軽減に一役買えることに、やりがいを感じています。