早速ですが、AIの汎用化とはどんなプロジェクトですか?

T.S : 例えば、ディープラーニングを活用した画像の認識技術がありますが、この技術では大量のデータを集めて、それぞれのデータにラベル付けをします。そのデータをネットワークの学習に導入して、精度を上げていくというシステムです。ある条件下ではネットワークは高い精度を出しますが、実際の現場では照明条件が変わったり、撮像機器が変わったりと、少しずつデータの分布が変わっていくものなんです。そんな条件下で、最初に学習に用いたデータセットをうまく活用して、次のデータに対してネットワークをどう最適化していくというのが、このプロジェクトのテーマです。

すみません。概念はなんとなくわかりましたが、実際の現場ではどんな活用例が?

T.S : 現状の技術だと、A工場で画像認識による分類が上手くいったからといって、B工場へそれを導入しようとすると、また一からデータを集め直してラベル付けするという、膨大な手間がかかってしまうんですよ。そこで、A工場で作った分類器を上手く活用して、B工場の少ないデータで、かつラベルの付けの手間も削減しながら、早急に精度を上げていくことを目指しています。

B工場では少ないデータでいいけど、元となるA工場では膨大なデータは必要ということ?

T.S : 現状ではそうですね。今は、それはまず前提としての技術です。A工場のラインで頑張って精度を出しても、B工場に転用させると上手くいかないというのは容易に想定されるケースです。それに対してどう対応するかというのをいま取り組んでいます。AをBやCに展開していった時に、新たに取得するデータを少なくしていかに精度を上げられるかということを目指しています。

なるほど。具体的には、どのような技術が活用されていますか?

T.S : 転移学習やドメイン適応と呼ばれる手法ですね。工場などの環境や製品が違ったりすることをドメインが違うと言うんですけども、ドメインが違った時に、どう転移学習させるかというのがこのプロジェクトではキーになります。

このプロジェクトは共同で取り組まれているそうですね。

T.S : インド理科大学院(Indian Institute of Science 以下、IISc)と共同で研究しています。IIScは、コンピュータビジョンの分野で世界トップクラスの研究成果を挙げる大学院で、研究を加速させて、より早い実用化を目指すためにも共同研究に取り組んでいます。

共同研究はどのような体制で?

T.S : 基本的には、アイシン側からこういうことを実現したいというテーマを提示して。IISc側では、まずはそれの元となるアルゴリズムを、オープンデータセットで開発していただいています。

それを現場に組み込むアレンジするのが?

T.S : アルゴリズムができた後、実際現場に導入した時上手くいくかという検証をアイシン側がやるという体制ですね。データが違っても上手くいくとは限らないので、アイシンデータでの最適化みたいな細かいノウハウに関わるところは、こちらでやっていきます。

ちょっと先の話になりますが、汎用化の技術が普及すると、どんなことができるようになりますか?

T.S : 例えば車の話で言うと、ドライバーの状態認識では、車のデザインやカメラのパラメーターや配置、ひいては人種が変更になっただけでも、改めて新しい条件下でのデータを大量に撮影して、それを全部ラベル付けしてという手間が必要になってしまいます。しかも、これが自然な運転条件下とかになるとデータ取得も難しくて、ちょっと環境が変わっただけで、急に精度が下がってしまう事態も発生してきます。ですが汎用性を高められれば、再学習の手間も効率化し、精度の低下は抑えられるはずです。

そもそも、このテーマに取り組むきっかけは?

T.S : 機械学習やディープラーニングを活用して、ある期間のデータで最適な学習をしても、次の期間のデータで評価しようとすると、また一からになってしまいます。再学習すればいいことですが、これを現場の方が、その期間ごとに毎回データ取得してラベル付けするとなると、結局人が検査をするのと同じ手間になってしまう。再学習はどうしても必要にはなりますが、そこの手間を少しでも削減できれば、研究開発をより早く進められるかなと提案しました。

ということは、ご自身でプロジェクトを立ち上げられたと。

T.S : そうですね。アイシンでは私が立ち上げた形になります。プロジェクトとしては2019年10月から正式にスタートしました。

少し話が戻るんですが、IIScはなぜアイシンとの共同研究に取り組んだと思いますか?

T.S : IIScもアルゴリズム自体が、実際の産業につながるところに大変興味を持っていらっしゃって。アカデミアの方は新たにデータを収集することが困難なため、実際に作ったアルゴリズムがどれだけ実用できるか取り組めるところに興味を持っていただきました。

研究環境として、リアルなデータや現場に興味を持たれたと?

T.S : そうだと思います。あと、この研究の行く先を見届けたいという想いはお持ちだと思います。

最後に、この先のマイルストンを教えてください。

T.S :まず最初の1年目で、基盤となるIIScのアルゴリズムを第一案としていただく予定です。それを随時改善していきますが、2年目にそのアルゴリズムをアイシンのデータセットに導入して、社内への展開につなげていきたいと考えています。