ご担当の「ILY-Ai(アイリー・エーアイ)」ってどんな製品ですか?

M.Y : 短い距離の移動をサポートする「パーソナルモビリティ」と呼ばれる一人乗りの乗り物です。これですね。

最近の動きですと、2020年1月に米国で開催されたイベントで私のチームが開発したAI搭載製品が発表されました。

おお、未来的ですね。AIを使ってどのような制御を?

M.Y : まずはショッピングモールや空港といった限定された空間内での使用を想定していて、例えば駐車場からスマートフォンで呼べば、人や柱を避けながら自動で迎えに来たりとか、返却時も自動で元の場所に戻るとか。私が担当しているのは、そういった制御機能をAIで実現させることですね。

新卒でご入社とのことですが、もともとAIを研究されていたのですか?

M.Y : いえ。入社後の数年はセンサまわりに使われる磁気回路など、ハード系の設計をやっていました。もともとクルマが好きで、「クルマの性能を左右する製品開発に携われる」という理由からアイシンを志望したので。

えっ、そうだったんですね。それがまたなぜAI開発に?

M.Y : その後、開発部門に異動になったんですね。そこでDMS(ドライバーモニターシステム※)を担当し、機械学習やディープラーニングと出会ったのがきっかけです。

※車室内のドライバーの状態をカメラやセンサなどで検知し、予防安全などに活用するシステムのこと

なるほど。ところでモビリティ革命が叫ばれる中、なぜこのような製品を?

M.Y : 自動運転技術をはじめ、近年の自動車やバス、鉄道などの進化は目覚ましいですよね。ただ、さまざまな移動手段がどんどんリッチになっていく過程で、浮かび上がってきたのが「ラストワンマイル」と呼ばれる課題です。

ラストワン・・・?すみません、聞いたことないです。

M.Y : お年寄りや足の不自由な方の中には、自宅からバス停、駅、駐車場までの移動に困難が伴う方が多くいらっしゃいます。そこをサポートする新しい移動手段が、次世代のモビリティ社会には欠かせないのではないかと考えたのです。ILY-Aiの最終目標はこの社会課題の解決に貢献することですね。

確かにそこのサポートは重要ですね。このプロジェクトはどのように始まったのですか?

M.Y : 社内に先進的な開発に取り組むイノベーションセンターという部署がありまして、ILY-Aiはそこが主幹となって開発を進めてきました。プロジェクト開始当初は乗員が自ら操作する乗り物としての開発だったのですが、開発途中で「知能化したらどうか?」という案が持ち上がりまして。

それでAI開発経験のあるM.Yさんに依頼が届いたと。

M.Y : いや、でも、言い出しっぺは私なんです(笑)。イノベーションセンターに知り合いがいるのですが、彼との雑談中にILY-Ai開発プロジェクトのことを知り、いろいろと話をするうちに「AIにできることがたくさんあるんじゃないか?」と盛り上がりまして。面白そうだったから「ILY-Aiを知能化させたい」って会社に提案したんです。2017年のことでした。

ご自身の提案からはじまったわけですか。

M.Y : はい。その後イノベーションセンターから「知能化技術を使って、人混みの中でもぶつからず自律的に走行できる乗り物にしてほしい」という依頼を正式に受けて、それを実現するための機能を調査した結果、強化学習による障害物回避にたどり着いた感じですね。

障害物の回避に強化学習が向いているのですか?

M.Y : そうですね。ILY-Aiが回避の際にとる経路パターンは無数にあります。こちらで「こういう時は右に曲がる」「こういう時は止まる」ということを学習させていたらキリがありません。ですから、網羅的にいろんなパターンを経験させることで、最適なパターンを見つけ出せる機械学習が向いていると判断しました。深層強化学習を使っているので、ディープラーニングの層の調整なんかも行っています。

現在、開発はどこまで進んでいますか?

M.Y : 技術的な問題はほぼクリアしています。今後は実用化に向け現地での実証実験を重ねながら法律との整合性をとったり、自治体との調整をしたりといった業務に移るフェーズです。

技術的な問題とはどのようなものだったんですか?

M.Y : 平日のショッピングモールで問題なく運用できるレベルの回避機能の実装ですね。具体的には5m×10mのスペースに6人の人間がいる空間で、ぶつからずに目的地にたどり着けるかというテーマです。どこでも使える回避機能の開発には相当な時間がかかってしまうので、まずは限定的な状況下でスムーズに移動できる機能の実装から取り組みました。

開発はどのように進めたのですか?

M.Y : まずは構築したアルゴリズムをシミュレータ上で検証を重ね、その後AIを搭載した実機でテストをする感じです。先ほどの広さに従業員を6名集めて、想定したシナリオ通りに動いてくれるかどうかを繰り返し試しました。

使用言語は?

M.Y : メインはPythonです。実機に搭載される組み込みマイコンがあるのでC++も使っています。OSはロボット用のROS(Robot Operating System)で、強化学習のプラットフォームはPyTorchです。

開発で苦労した点は?

M.Y : いろいろありますが・・・(笑)。そもそも強化学習を使うのがはじめてだったので、はじめは学習が全然うまくいかなくて苦労しましたね。シミュレータ上ではうまくいっても、実機ではうまくいかないケースも頻発しました。さらに実機の制御まで担当しているので、速度や加速度など細かいパラメータの調整も大変でした。

逆にやりがいを感じるシーンとは?

M.Y : 実際にあるモノを制御するので、自分の思い通りに動いたときの感激は大きいですね。これはソフト上で完結するアルゴリズム開発にはないものだと思います。ILY-Aiが広く社会に普及し、たくさんのユーザーが当たり前のように使っている未来を想像するとワクワクできますしね。

今回の開発経験は今後に生きそうですか?

M.Y : はい。アイシンは自動バレーパーキング※の開発にも取り組んでいるので、そういう先進的な開発領域に応用できるのではと考えています。もともとクルマが好きですし、いつかはそうした車載用のAI開発をやってみたいですね。

※乗りつけた駐車場において、どこに駐車するかを車両が判断し、自動走行で駐車する技術のこと

でも、まずはILY-Aiの実用化ですね。

M.Y : その通りです。まだ試作レベルですから、これから想定外の課題が多く出てくるはずです。実証実験の場であらゆる課題を洗い出し、社会実装を実現させたいですね。