Product History
04
LBS
(Location Based Service)編
運転環境の向上から社会課題に向けた
ソリューションの提供へ
~ カーナビからマップオンデマンド、みちログへ ~
Product History
04
LBS
(Location Based Service)編
運転環境の向上から社会課題に向けた
ソリューションの提供へ
~ カーナビからマップオンデマンド、みちログへ ~
世界初の音声ガイド付きナビゲーションシステムを開発。
それはカーナビのデファクトスタンダードとなった。
今やクルマの運転に欠かせないカーナビゲーションシステム(以下カーナビ)。カーナビが登場するまでは、車には必ず分厚い地図帳を常備し、目的地を確認しながら運転するのが一般的なスタイルだった。
そんな中、1981年にホンダが世界で初めてカーナビを商品化した。この初期型のナビは、ブラウン管の画面に透明なプラスチック製の地図を重ね、その上に自車の現在位置を輝点で表すという方式だった。その後、GPSなどの技術が進展したことで、少しずつカーナビの原型が形づくられていった。
アイシンのカーナビ開発の発端は東京の秋葉原電気街の近くで開設されたエクォス研究所だった。ここで1986年1月、AT(自動変速機)の評価をしていた際、駆動状態を示すモニターを見てひらめいた。「テレビのモニターを使って、初めての道でも安全に案内をしてくれるシステムができないか」と。
その年には第一号の試作機が完成し、1987年には京都市内のレンタリースでデビューを果たす。このシステムがトヨタのセルシオのチーフエンジニアの目に留まり、1992年にはセルシオ向けのボイスナビゲーションシステムへと発展した。
このシステムは世界初の音声ガイド付きナビゲーションシステムであるだけでなく、ランドマーク付きの交差点拡大図や電話番号検索、ルート再検索機能などを備えており、非常に画期的であった。後に当たり前となる機能をすでに実現しており、カーナビ時代のデファクトスタンダード※となる道を切り開いたのである。
※事実的な標準や仕様
カーナビが「遠回り」を指示!?
そうした事態を防ぐにはリアルタイムの地図データ更新が必要だ。
1990年代以降、アイシンはカーナビの新たな機種を次々と開発し、市場を拡大したが、一方で乗り越えなければいけない課題も抱えていた。
それは、新設道路などの情報がリアルタイムにカーナビに反映されないことである。現在のスマートフォン等の地図アプリは、地図データをクラウド上に保存している。ユーザーはインターネット接続を通じてリアルタイムで最新の地図データにアクセスでき、常に最新の情報を利用することができる。しかし、以前のカーナビは地図データが車載機器にセットされた記録媒体(CD-ROMやDVDなど)に保存されていた。このため、地図データは固定されており、更新するには新しい地図データを購入して入れ替える必要があった。
当時のカーナビ開発者は次のように話す。
当時は年に2回、春と秋に地図ディスクを入れ替えて地図の更新を行っていた。
このため、新しい道の情報がユーザーに届くまでには、最短でも半年以上かかることがあった。その結果、目の前に新しい道があるにもかかわらず、わざわざ迂回して遠回りをするようなルート案内がされることがあり、戸惑うという声がユーザーから上がっていた。
これでは快適で安全なドライブを実現することはできない。しかし、技術的な制約もあってなかなか解決の糸口が見いだせない。
ところが、ここでカーナビを取り巻く環境が大きく変わってくる。
HDDナビが普及し始め、車載状態で地図データを変更できるようになった。また、携帯電話やDCM※でのデータ通信が使えるようになり、配信による地図更新が現実味を帯びてきた。
※ Data Communication Module:
クルマ専用の通信機のこと
こうして2004年、トヨタ自動車からの声かけにより、配信による地図更新に関する共同開発が始まった。
必要な地図データを迅速かつ確実に反映させる。
そのためには差分更新システムに挑戦するしかない。
2004年1月、トヨタ自動車とゼンリン、トヨタマップマスター(TMI)、アイシンの4社によるワーキンググループが結成され、共同開発が始まった。当初は明確な役割分担があったわけではなかったが、各社はそれぞれの専門性を活かしながら、トヨタが全体の管理を担当し、ゼンリンとTMIは地図データベースの開発を主に担い、アイシンはソフトウェアやシステムの開発を中心に行うことになっていった。
目的は、新しい道路情報を迅速かつ確実に車載器の地図データに反映させることだったが、全国の地図をそのまま配信すると容量が大きくなりすぎてしまい、当時の目標であった「年間4.8MB以内」に収めるのは容易ではなかった。どうすればこの制限内に収められるのか、開発者たちは試行錯誤を重ねながら頭を悩ませていた。
議論を重ねる中で、「差分更新システム」のアイデアが浮上した。それは、新しい道路ができるたびに地図全体を更新するのではなく、新設された道路だけを更新することで、データ量と作業負担を軽減し、更新のスピードを向上させるという考え方である。
しかし、新設された道路のデータを地図全体から抽出して配信するのは簡単ではなかった。この作業には、新設道路のデータを効率的に車載機に送るための「送信側」の開発と、そのデータを車載機側でカーナビ用に活用するための「受信側」の、双方の開発を同時に進める必要があった。
まずは、「送信側」である。これまでのシステムでは、全国の地図データを一括で提供していたが、今後は特定の部分だけを編集して配信できるシステムが求められる。そのために、地図データベースとは別に、道路や建物などの「地物(ちぶつ)」を配置した新しいデータベースを作成した。これにより、地物の変化に応じた修正が簡単に行えるようになった。
また、地図をリアルタイムで更新するためには、新しい道路ができてからデータを編集するのでは遅すぎる。事前に現地調査を行い、その結果をもとにデータを編集する必要がある。そのため、調査はどれくらい前に行うべきか、またその時期にどのような情報が得られるのかを、実際に現地を訪れて話し合いながら決めていった。
こうした地道な取り組みを通して、効率的かつ迅速な地図更新のための基盤が整備されていった。
だが、問題はまだ残されている。
全国の新設道路データをすべて送信するなど、非現実的すぎる。
発想の転換が必要だ。
問題とはこうだ。仮に新設道路だけのデータが抽出できたとしても、日本全国の新設道路のデータをすべて送信できるのかという点だ。担当者の答えはノーである。
すべてを送信するとなると、数時間かかるうえにコストも膨大になる。
実用面からみてもとても現実的とは言えない。
では、どうするのか。慎重に議論を重ねた結果、開発者たちは「ユーザーに必要なエリアに限定して送信する」という結論に至った。具体的には、高規格道路※、自宅(出発地)周辺80km、目的地周辺10km四方を中心とした範囲を、ユーザーが利用するに当たって必要なエリアとして設定した。
※高速道路や一般国道の自動車専用道路など、自動車が高速で走行できる道路網
たとえば、自宅から目的地に向かう際、自宅と目的地周辺以外は主要な幹線道路か高速道路を使うため、送信するのは高規格道路と自宅と目的地周辺で良いという考え方だ。
この発想の転換は大きなメリットをもたらす。送信にかかる時間とコストを大幅に削減できるからだ。しかし、問題は残る。これまでは全国一律の地図しかなかったが、差分配信により、各車載機ごとに異なる改訂版(バージョン)が登場することになった。その結果、何十万台もの車載機に対して異なる改訂版を作成し、配信する必要が生じた。
そこで考え出されたのが地図配信センターによる「地図バージョンの一元管理」である。センター側で常に車載器の地図バージョンを管理しているので、必要な差分データがすぐに分かり、そのデータだけを配信すればよいことになる。
差分データを送信する側はこれでいい。次はそれを受け取り、車載機側でカーナビ用に活用する「受信側」の問題だが、ここには本プロジェクトの最大のハードルがあった。
それぞれがトレードオフの関係にある3つの難題に挑む。
が、容易な課題ではない。
サーバーでつくられ、送信された差分データだが、残念ながらそのデータをそのままカーナビで使うことはできない。
カーナビで利用するためには、差分変換アプリを開発する必要がある。だが、これは厳しい闘いになるだろう。
そう担当者が感じたのには理由がある。アプリの開発には以下3つの課題がある。
知恵を絞り工夫を凝らすことで厳しい闘いを乗り越えるというのが我々のスタンス。
たとえば、自社開発の仮想メモリで足りない容量を補ったり、あるいは長時間の使用や複雑な処理するときでもメモリがうまく使えるように工夫するなど、メモリ管理に独自のアイデアを取り入れている。
そうした中でも重点的に取り組んだのはファイル保証だった。
データの構築中に車の電源がOFFになると
データが破壊されてしまう。この事態をどう防ぐのか。
ファイル保証とは何か。開発者が例として挙げたのがパソコンだ。
パソコンでの作業中に急に電源が飛ぶと一瞬でデータが破壊されてしまう。それを防ぐためのシステムがファイル保証。
カーナビの場合、運転時の安全に深く関わることだけにデータの構築中にデータが破壊されることは絶対にあってはならない。
そのためのアイデアも導き出した。データ構築の状況を常に監視しておき、復帰時に続きから再開できるようにするのだ。一口で言ってしまえばそれだけだが、実際の開発には膨大な作業が求められる。
いつスイッチが切られてもいいように一個一個のファイルの複製を、拡張子を変えて用意しておくことで、データの損失を防ぐための対策を講じた。更新するファイルの数は数千個に上ることもあり、その作業量は半端ないものになる。ハードという言葉じゃ物足りない、もはや苦しい作業というしかない。
そんな開発者たちの努力と苦労がついに実を結び、2007年5月、トヨタの車載情報サービス「G-BOOK」で世界初の「マップオンデマンド機能」がサービスを開始した。この画期的なシステムにより、ドライバーは手軽に最新の地図情報を得られるようになり、快適なドライブを楽しめるようになった。
まさに、新しい時代の始まりである。
マップオンデマンドが初めて搭載されたHDDナビ「NHDA-W57G」
大変なプロジェクトではありましたが、「とにかくやるしかない」という気持ちでマップオンデマンドの開発に取り組みました。苦しい日々が続くなかで、無意識に心の支えになっていたのは、完成すれば世界初のサービスが実現するぞ、他では受けられないサービスが可能になるはずだといったワクワク感でした。
時代が変われば、また異なる苦労があるでしょうが、若い技術者たちにはどんな時代でもモチベーションにつながるワクワク感を持ち続けて欲しいと思います。
できれば、自ら提案し、自分で作り上げるプロジェクトであれば、なお良いでしょう。その点でアイシンという会社は世界初、日本初、業界初といった“初物”に挑戦しやすい環境にあると言えます。これからも、挑戦を恐れず、新しいアイデアを形にしていく姿勢を大切にしていきましょう。
※所属は取材当時のものです
位置情報を生かした新たなサービスを。
その一つが道路維持管理支援サービスの「みちログ」だった。
アイシンはその後もカーナビ業界をリードし続け、培った技術を幅広く活用する動きが生まれた。その背景には、経営理念である「“移動”に感動を、未来に笑顔を。」を実現し、社会課題に対する解決策を提供するという考えがある。カーナビの位置情報技術やマップオンデマンドで培ったリアルタイムに情報サービスを提供する技術を生かして、移動に関する社会課題を解決しようとしている。
その結果、乗り合い送迎サービス「チョイソコ」や物流支援サービス「BRIDGES@ny」、共同配送マッチングサービス「TRi」などさまざまなサービスが誕生した。
その中の一つが道路維持管理を支援するサービス「みちログ」である。
社会インフラの老朽化と高齢化社会の到来により、自治体の税収が減少し、道路インフラに関わる働き手も減少しています。そんな社会情勢の中で、アイシンは何ができるのか。その解決策の一つが、より効率的な道路管理システムだったのです。
このシステムでは、車載器(車載カメラやセンサー)を取り付けた車両が道路を走行し、ポットホール(道路のくぼみやへこみ、穴)やひび割れ、IRI(乗り心地による路面評価)を検知する。検知した情報は画像診断後にサーバーに送信され、サーバーでさらに詳細な画像診断、データ分析がされた後に地図情報に反映される。これにより、道路状態を簡単に把握し、効率的に道路補修を行える。
2019年10月から岡崎市で実証実験が始まり、デマンドバスやゴミ収集車、タクシーに車載器を取り付けてデータを収集。AI解析を用いて高精度で道路の異常を検知し、可視化することが可能になった。
導入効果が確認されたため、岡崎市は2022年から本格導入。2025年には政令指定都市2市を含む全国8自治体、1企業で本格導入されるまでになった。
事故になる前に改修が必要な場所を発見できた。また、情報伝達が簡単になり、補修計画も客観的にできるようになったという声を、各自治体からいただいています。
「みちログ」として一定の評価は獲得した。
しかし、検知精度の向上や検知対象の拡大など課題はまだ多い。
各自治体から評価を獲得している「みちログ」だが、それもアイシンが培ってきた技術があればこそだと開発者は強調する。
たとえば、高架やUターン道路などさまざまな形状の道路がある中、正確にマップマッチング技術が継承されてきたからこそ異常のある地点が正確に提供できるわけです。また、確立された地図更新技術によって、より高速なリードタイムや正確な位置決めが求められるみちログの地図更新に役立っています。
カーナビに関する技術蓄積がなければ、みちログそれ自体も実現しなかったということだ。だが、導入する自治体が増えているとはいえ、まだ課題は多いと開発者は指摘する。
補修が不要な小さなポットホールなども検知されてしまうため、異常の数が多くなりすぎるという指摘も受けます。それにはAIを使って補修する優先度を自動的に判断できるようにするといった検討も始めています。
管理画面イメージ
路面の損傷状況の色分け表示
みちログは画像による診断であるためポットホールやひび割れだけではなく、道路上の白線や草木といったように対象物を拡げていくことも可能である。そして、さらに期待されるのは災害時の情報提供だ。
災害後、この道路は走れるのかといった、一番知りたい情報を教えてくれるツールとしてみちログをさらに進化させていく。これは大きな課題の一つだと考えています。
安全で快適な運転環境の提供から、社会課題へのソリューションを導くツールへ――アイシンの進化は止まらない。
※所属は取材当時のものです
岡崎市をはじめ全国の自治体へ導入が進むみちログですが、この開発の良い点は、ユーザーから直接評価を伺うことができるところです。高い評価をいただいたときはとてもうれしく、それがモチベーションにつながっています。
みちログが実現できたのは、これまでの技術の蓄積があったからだと実感していますが、技術面だけでなく開発における基本的な姿勢も受け継いでいると感じています。その一つが「安全・安心」の大原則です。この原則は、世界初のボイスナビゲーションシステムの開発時から守られてきたものであり、私たちだけでなく、次の世代にも引き継いでいくべき重要な考えだと考えています。