Product History
03
パワートレイン
(駆動ユニット)編
未来地球に美しさを運び続けるために
~ トヨグライドから
世界初のFF6速AT、eAxleへ~
Product History
03
パワートレイン
(駆動ユニット)編
未来地球に美しさを運び続けるために
~ トヨグライドから
世界初のFF6速AT、eAxleへ~
トヨグライドを原点に
世界のスタンダードとなるATを次々と送り出してきた。
自動車を発進、変速、停止させるためのクラッチ操作。その煩わしさからドライバーを解放したのがオートマチックトランスミッション(AT)である。1953年の秋、トヨタ自動車はATの研究開発に着手し、1959年には「トヨグライド」と命名されたATを世に送り出した。これがアイシンの前身である愛知工業に移管され、アイシンにおけるATの歴史が始まった。
その後、アイシンは米国のボーグ・ワーナーとの合弁会社である「アイシン・ワーナー」(後のアイシン・エィ・ダブリュ)を中心に、独自技術によるATを次々と送り出していった。
たとえば、1977年には小容量FRオーバードライブ付き4速AT、1983年には小容量FF電子制御4速ATを送り出し、これらはいずれも後に世界のスタンダードとなる製品であった。もちろんライバルは存在したが、アイシンは世界のAT市場をリードし続けた。
VWからの要請
5速を飛び越えて一気に6速ATへ。
実現すれば世界初。しかし、ハードルは高かった。
1990年代、アイシンは世界的な環境規制の強化を背景に、ATの燃費向上をめざしていた。また、特に欧州では、ドイツのアウトバーン(高速道路)走行時の静粛性ニーズが高まっていたため、燃費と高速走行時の静粛性の向上をめざした。その解決策の一つとして、ATの多段化とFF(前輪駆動)化を進めた。
1980年代にはFFでも4速を実現しており、いずれは5速が求められるだろうとの予測のもと、社内ではATの多段化について技術的な検討を行っていた。しかし、次期モデルに搭載する次期ATを求めていたフォルクスワーゲン(VW)から要請されたのは「5速ではなく6速を」というものだった。5速を飛び越え、一気に6速にしたいというのだ。
ピエピ会長以下VW一行が来社
FFで6速を実現すれば世界初。挑戦しがいのあるテーマであることに間違いはない。しかし、果たしてそれが可能なのか。燃費、動力性能、静粛性の向上といった6速化に伴う嬉しさを世界中のユーザーに届けるためには、6速でありながら、主流の4速ATと変わらない大きさに抑えることが絶対条件だ。これは容易ではない。
そう、搭載性である。多段化すると部品点数が増えるため体積は大きくなり、搭載性が犠牲になる。それを確保するため4速と変わらない大きさで6速化していかなければならないのだ。ハードルは高い。だが、もし実現できれば、これまで実績のないVWと取引を始めるチャンスになるだろうし、AT化が遅れている欧州市場への本格参入の足がかりにもなるだろう。
こうして1999年、世界初となるFF6速ATの開発が始まった。
目から鱗のルペルテイエ特許で、確かに全長は短くなる。
だが、その裏には別の挑戦があった。
いかに最少の構成部品で6速を実現するか。そこで導入したのが、フランス人技師ルペルテイエが考案したギアトレイン特許である。4速ATにプラネタリギヤを一つ追加すれば6速化できるというアイデア。
これはギアトレイン技術者によれば「こんな考え方があったのか」という目から鱗のようなアイデアだが、実際に採用してみると、当初は全長が目標に収まらず、内部構造を徹底的に見直し、耐久強度ギリギリまで薄肉化を追求することで何とか全長を目標値まで短縮することができたのだ。
これで解決! そう思いきや、事はそう簡単ではない。
VWには、通常はエンジン側に搭載するエンジンスターター※をAT側に載せるという企業文化がある。
これはアイシンが手がけてきたレイアウトとは異なり、これまでのノウハウが使えない。
アイシンにとって初のレイアウトに挑戦するしかない
※エンジンを始動させるための電動モーター
エンジンスターターをAT側に搭載し、さらにVW特有のパワートレインの低重心化も成立させた上でコンパクト化するには、全長方向だけの短縮では十分ではない。ATに搭載されるエンジンスターターの体積分、使えるスペースがそぎ落とされてしまうため、前後上下左右全方向での体積縮小を可能にする新たなレイアウトにしなければならないのだ。開発スタッフは試行錯誤を繰り返し、難度の高い設計に挑んだ。
その一例がAT本体とシフトレバーをつなぐマニュアルシャフトである。設計上スタータとギアトレイン部品を避けながらATの上部から下部まで真っ直ぐにつなげなければならず、まさに針の孔に糸を通すような超難度設計が求められた。この難題を克服できた要因の一つは、アイシンの開発力である。特に、これまでのAT開発で培ったコンパクト設計に関する豊富な知見が、製品を客先要求に適合させることを可能にした。
ヴォルフスブルクでの奮闘。
痛感したのはVWの車両に対する徹底したこだわりだった。
「ドイツのヴォルフスブルクにオフィスを構えたい。現地に行ってほしい」
FF6速AT開発担当の技術者がそう言われたのは1998年7月。言わずと知れたVWの本社所在地である。海外の顧客そばにオフィスを構えるのはアイシンにとって初めてのことだったが、独自のものづくり哲学を持つ同社との緊密な連携、情報共有なくしては開発にたどり着けないとの判断からだった。
当時のヴォルフスブルクオフィス
同オフィスの技術スタッフ
痛感させられたのが、VWの五感を通した車両に対する徹底したこだわりだった。それを象徴しているのがエンジン始動時のスタータ作動音やシフト変速に関するこだわりだ。
エンジンは単にかかればいいというものではなく、始動音は力強いものでなければならないとVWは言う。
シフトレバー荷重とか変速適合ではなく、シフトフィール、シフトクオリティと表現し、シフトレバーの操作感にもVWらしさを求める。これらの事例からも、VWがドライバーの五感を通した車両へのこだわりを徹底して追求している姿勢がわかる。
こうした独自の哲学を持つVWと、綿密な連携のもと試作品を数多く作り、評価と改良を繰り返しながらニーズに応えていった。ただ1点、アイシンの要請が叶ったのは、VWが“変えられない部品”と考えていたドライブシャフト※の変更だった。
搭載性の観点からコンパクトタイプの部品への変更を上司も巻き込みながら度重なる交渉の結果、最終的に変更は認められた。この変更は、顧客の近くで開発を行い、信頼関係と互いに良いものをつくろうという思いを築いてきたからこそ実現したものである。
※エンジンの回転をタイヤに伝える部品
1999年7月、FF6速ATの初号機が完成した。
20回にも及ぶ世界各地での実地走行テスト。
改善のため車中で制御ソフトを書き換える日々が続いた。
次に待っていたのは走行テストである。VW本社近くにある1周20kmにも及ぶテストコースで試験走行を行い、互いが議論しながらチューニングを進め、さらに世界各地での実地走行テストを繰り返した。
高速のアウトバーン、アップダウンの激しいアルプスの山岳路、酷暑のアフリカの砂漠地帯、気温マイナス20度の北極圏など、走破した距離は地球25周分に相当する100万kmに達した。試験中、問題が指摘されてもオフィスに戻って修正する余裕はなく車中で制御ソフトを書き換える作業に追われた。
雪の残るアルプスでの走行テスト
南アフリカでの走行テスト
全体的に安定していても1か所でも変速ショックがあると、“ハーモニックでない”という表現で指摘され、改善を要求されることも少なくない。厳しいが理想とするシフトクオリティを実現するため、細部にまでこだわりぬくぞ。
難題はまだあった。搭載性を優先したことにより、歯車がかみ合う際に発生する「ギヤノイズ」が発生したのである。その大きさは目標値を遥かに超えていた。それが量産直前の段階になっても解決できずにいたのだ。
従来のギヤ歯面の仕上げ方法では良品ができないことが判明し、急きょ歯面研磨に取り組むことになった。しかし、ここで問題解決に大きく貢献したのは、時差を超えた生技や製造との24時間体制での連携により、196台におよぶ評価用ユニットの組み立て、実車での評価を繰り返し何とか目標値を達成した。
技術、生技、製造の三位一体の活動がなければギヤノイズ問題は解消されなかった。この経験から、近年高まりつつある静粛性を確保する技術ノウハウが蓄積できた。
2002年7月、FF6速ATは世界初の栄誉とともにラインオフの日を迎えた。
採用車種が拡大するFF6速AT。
商品としてだけでなく、技術的にも革新的であった。
「自動変速機の開発は新しい時代に入った」
そう指摘したのは、2004年に受賞した第17回中日産業技術賞・経済産業大臣賞の選考委員である。さらに他社が6速をリリースするまで数年かかったということも、FF6速ATの先進性を証明している。
FF6速ATはVWのニュービートルやアウディTTに搭載され、その後も採用車種が増加。2005年にはVW向けの生産台数が50万台に達し、BMWのMINIにも採用された。そしてアイシンのグローバルな拡大をけん引し、その派生機種はボルボ、オペルなどのGMファミリー、フィアットグループのほかPSA、マツダ、フォードなどにも広がった。
この商品はアイシン製ATの存在感を一層高め、技術面でも重要な転機になった。
FF6速AT
アウディTT
VWからの搭載課題に対し、真摯に顧客と向き合い、真剣に議論しながら、大幅なコンパクト設計を実現した点でFF6速ATは画期的だ。
ケーシング設計やその評価手法での新たな基準が確立できた。
エンジンスターターに象徴されるようにVWのものづくり哲学に基づく厳しい要請に対し、独自のパッケージング技術によって多くの機能部品を一体化する技術。これはやがて、後の次世代型駆動システムにも活かされることになる。
ヴォルフスブルクのオフィスに赴任し、VWの技術者たちと情報や思いを共有して協力することで、シフトフィールやシフトクオリティといったエンドユーザーの感覚について示唆を受け、アイシンの技術レベルを向上させることができたと考えています。
プロジェクトを釣りに例えると、魅力的な餌(企画)で魚を針にかけるだけでは不十分で、そこから糸を巻き上げて魚を獲る(搭載される)ことが重要です。FF6速ATに関しては、VWからの搭載条件を実現することがそれに相当します。厳しい要請に対し、本当に応えられるのかと感じた瞬間もありましたが、先輩方の強いリーダーシップに刺激され、VWとの交流で得た“Difficult is always possible(何とかなる)”の精神で乗り切ることができました。
FF6速ATではeAxleなど次世代の製品につながる技術を確立できたと思いますが、これを発展させながら若い技術者には新たなテーマにどんどん挑戦していってほしい。
繰り返しますが、“Difficult is always possible”です。
※所属は取材当時のものです
CN実現に向けた電動化
フルラインナップによるマルチパスウェイへの貢献。
2020年代以降、環境問題はさらにうねりを増している。2050年のカーボンニュートラル(CN)実現に向け、規制はより一層厳しくなり、CO2を排出しないクルマの開発は待ったなしだ。そこで主役になりつつあるのが排気ガスを出さない電気自動車(BEV)である。だが、とアイシンは考える。
次世代モビリティの主役はBEVだけではない。クルマの電動化は避けられないが、燃料電池車やプラグインハイブリッド車、水素エンジン車、ハイブリッド車など多様なクルマを使い分けることがCNにつながる。つまりマルチパスウェイが重要だ。アイシンはそのマルチパスウェイに貢献できる製品のフルラインナップを提供すべきだ。
マルチパスウェイの電動化戦略に貢献するために、すべてのクルマの電動化に欠かせない製品の一つが、eAxle(イーアクスル)である。
eAxleとは、BEVなどモーターを主動力とするクルマが「走る」ために必要な主要部品を一つにまとめ、パッケージ化したもので、主にギア、モーター、インバーターといった部品から構成される。
アイシンは、2016年よりeAxleの開発を本格的にスタート。限られた時間のなかで、さまざまな先行開発ユニットを10台以上製作し、性能を確認するための試作車両も制作した。そうして多方面から仮説と検証を繰り返し、開発者たちの熱い想いが詰まったeAxleの原型がかたどられていった。
さらに、2019年にはトヨタグループの力を結集し、電動化製品の開発を加速させるために、デンソーと共同で新会社「BluE Nexus(ブルーイーネクサス)」を設立した。
この会社は電動化のための駆動モジュールの開発、適合、販売に特化した会社で、アイシンとデンソーが各45%、トヨタ自動車が10%を出資している。以降、BluE Nexus、をティア1※として共同で開発を進めている。
※自動車メーカー(OEM)に直接部品やシステムを供給する企業
めざすのはeAxleのデファクトスタンダードとなっていくこと。そのためには、小型車から大型車までのニーズに応える「高効率・小型化」が求められる。その実現のために、アイシンはコア技術であるギアの技術、モーターの技術、部品を一体化し、小型化する「パッケージング」の技術で貢献している。これらの技術はFF6速ATのストーリーにもあるATの多段化やハイブリッドユニットの開発を通じて培われたものである。
eAxleの開発は、着々と進められており、第1世代のeAxleは2022年にトヨタの「bZ4X」や、スバルの「SOLTELLA(ソルテラ)」などに採用された。
現在、第2世代の量産に向けて準備を進めており、2025年の開始をめざしている。生み出される製品には、BEVの普及に貢献し「未来地球に美しさを運び続けたい」との開発者たちの想いが込められている。
今後も次世代に向けたeAxle、そしてさらなる未来に向けて、アイシンの挑戦は続く。
※所属は取材当時のものです
今、BluE Nexusとデンソーとともに開発した、第2世代eAxleの生産が立ち上がろうとしています。
このeAxleの開発は、プロジェクトの成否がアイシンの今後に大きく影響するとの危機感の中で始まりました。その一端を担うことになったことに大きなプレッシャーを感じましたが、他部門や関係会社の仲間たちとともに、圧倒的な高効率と低コスト化に向けて取り組んでいます。コストが下がり、走行可能距離が伸びれば、BEVがより手に入れやすくなり、多くの人が安全で快適なBEVを安価に利用できるようになります。
環境に優しいBEVの普及を通じて、次の世代に美しい地球をつないでいくことが目標です。もちろん簡単に到達できる未来でないことは理解していますが、先輩たちが支えにしてきた“Difficult is always possible”の精神で挑戦していきます。